「とりあえず帰ったら、呑みに誘うから」

2010.02.01 - 11:00

いよいよ発売が近づいてきました。僕自身も本の完成と到着をとても楽しみにしています。それだけを楽しみにしながら日々の締め切り地獄をしのいでいる……というのは言い過ぎですが。

前回ここにお邪魔した際に、「約束」という言葉をつかいました。実際、この本のなかでは、この言葉がところどころに顔を出します。彼との「約束」が今も自分を突き動かしている。そんなニュアンスの言葉を耳にする機会も、取材中に多々ありました。

僕がhideと交わした約束。それはごくシンプルなものでした。彼と最後に話をしたのは、1998年4月7日のこと。それは直接、面と向かっての対話ではなく、電話インタビューという形でのものでした。ちょうど「ピンク スパイダー」と「ever free」のレコーディングが完了し、それにともなう取材の発注を、今はなき『ロッキンf』誌から受けたのですが、その頃まだ彼はロサンゼルスに滞在中。ユニバーサルのオフィスに出向き、国際電話で話すことになったというわけです。当時は国際通話料もまだまだ高かったので!

1998年4月といえば、僕がそれまで編集長を務めていた『MUSIC LIFE』誌を辞め、フリーランスとして仕事を始めたばかりの頃。生々しい話ですが、まだ失業保険をもらっていた当時のことです。正直な話、自分にどの程度の仕事発注があるかなど見当もつかず、「ちょっとでも暇が続いたら居酒屋のバイトでも見つけよう」と思っていました。

当然ながらhideは、僕が会社を辞めてフリーランスになったことなど知りはしませんでした。だから最初、電話口で「ライターの増田といいます。わかんないですよね?」と告げた際にも、「わかりませーん」という素直な回答があったのを憶えています。そこで僕が事情を説明すると、「えーっ!会社、辞めちゃったの?」と驚きつつも、次に彼は「じゃあこれから、一緒に面白いこと、できるじゃん」と言ってくれたのです。そしてインタビュー終了後には「とりあえず帰ったら、呑みに誘うから」と。

残念ながら、その後、彼から呑みの誘いが来ることはありませんでした。彼の側から投げかけてくれた約束は、果たされずじまいで終わってしまったわけです。「一緒に面白いこと、できるじゃん」も、当然、実現していません。でも、あれ以降、「この企画、hideだったら“面白い”って言ってくれるかな?」「この原稿、あいつが読んだらなんて言うだろう?」といった自問を何度も重ねてきたことは事実だし、疲れて仕事を放棄したくなりそうになるときには「増田さん、まだまだ頑張んなきゃ駄目じゃーん」という言葉が聞こえてくるような気がします。

参考までに、前述の電話インタビューについては『ロッキンf』誌の1998年6月号で読むことができます。その号では写真も含めて3ページというコンパクトな記事だったのですが、翌月、7月号にはその“完全版”が掲載されています。何故そういうことになったのかは、言うまでもありません。あのときは僕自身、「もう一度、ノー・カットのインタビュー原稿を書き直すこと」が苦痛でたまりませんでした。メディアの嫌な部分を、うんざりするほど痛感させられました。しかし今となっては、あれも僕がフリーランスで仕事を続けていくうえでの試練のひとつだったのかな、と感じています。

というわけで、僕は今も、彼に問いかけたい気分です。「増田勇一は、面白いことをしていますか?」と。多分、空から聞こえてくるのは、含み笑いを伴った「まだまだだね」という言葉だと思います。それに続いて「でも今度、呑みに行こうよ」と聞こえてくる気もするんですが。とりあえずはこの本を手にとったあと、勝手に“ひとり打ち上げ”しようかな、と思います。

じゃあまた、どこかで。


2010年1月28日 増田勇一