2009.10.07 - 08:40
よりによって週1の外勤日に東海道線止まらなくても……。
ただでさえ台風も近いのにね〜。
まぁ動き始めたんでのんき。
だいたいその先のバスが30分に1本だからな。
ところで、今年もやってくれますね、
イグ・ノーベル賞。参照記事例年 個人的にノーベル賞よりはるかに盛り上がります。
数年前、牛糞からバニラ香料の抽出に成功した
日本人女性研究者が受賞したさいには、かなり
フィーバーでした。←授賞式のスピーチもよかった(笑)
今年は文学賞が馬鹿馬鹿しさにおいて一際
際立つ印象です。がんばれ、アイルランド警察(笑)。
12:44追記
駅ホームから改札までに15分とか、久々の体験でしたが、
結局 バス1台分しか遅れずに無事 着いてるあたり、
最速の判断を誤らぬ都会っ子&ひとりっ子です。
その人混みの中で聞こえた女子高生の会話。
「ライヴハウス並みの混み混みだね」
「そう考えるとライヴハウスってすごいよね。
これで跳んだりするし…」
……どこのお客さんかな?(^^;)
2009.10.04 - 20:41
1989年10月4日
生まれて初めてライヴハウスに足を踏みいれた私、
元気ですか? そうこれは過去への手紙。
あの日、初めてちょっとだけ化粧をされて、
おっかなびっくり隙間なくチラシが貼られた
Rock May Kanの階段を、地下へと降りていたとき、
こんな未来はきっと誰も想定してなかった。
漠然と理系専門職に就くんだろうな…と思っていた
(当時はちょうど興味が天体物理から細胞工学に移る
過渡期でした)部分では、夢叶ったといえる20年後の
未来で、私はまだライヴハウスとその周辺に生息し、
バンドやその周辺のひと達に関わって生きています。
あの夜、どうみても駄目で悪そうな人々がつくる
黒いザワザワした暗がりに、私が見つけようとした
ものはなんだったんだろう?
その答えを出せてしまったら、この場所にくる必要は
なくなると思うのだけどね(苦笑)。
でも、あの夜に初めて出会ったひとに、いまも会えて
いるという事実は、幸福が支配する領域の出来事だと
思います。ね、INORAN?
今夜はライヴハウスで過ごしたかったのに、
探しまくっても行きたい相手がいなかった(_ _;)。
(だから昨日の渋公行ったんだけどね)
いまのS.Q.Fには行きたくないし。
dieS行くのもちょっと違うし。
悔しいんで、Yukiさんとこにクダ巻きに
行って飲んできます。←ウザい客だなー
あの日とおんなじ透明のマニキュアでね。
2009.10.03 - 16:17
三日月のビルの方のデカい学会ではなく、
月1の小さな県内研究会です。
今回から場所が変わりました。
まぁ今日の場合、この後 速やかに渋谷まで
移動してライヴなので便利ですが……。
さー、後半。
2009.10.02 - 00:42
もうひとつ拾ってしまった。
東條雅人さん、元FOOL'S MATE編集長。
hideちゃんだってけっこう一緒に飲んだくれてたひと。
確かに私は、遅かれ早かれこの情報には接したと思うけれど、
続けて知るっていう事態は、それだけでダメージが大きい。
そりゃふつーのひとよりは、人間が死ぬのに慣れてるけど。
このひとがいるから…という理由でFOOL'S MATEに出る
ミュージシャンもいるほど信頼されていたひとです。
私たちにとっても、このひとの書いたことなら…という
信頼をよせることのできる数少ないライター/編集者さん。
いつの間にか、編集長を退いていたのは、知ってた。
そして、記事が少なくなっていることにも、気づいてた。
でも、それがどうしてかなんて、わざわざ考えなかった。
駄々っ子みたいなひとたちを相手に、真摯に、懸命に、
言葉という不確かなホントウと格闘し続けてくれて、
ありがとうごさいました。
昔の記事、読みかえそうかな……。
ニュース・ソース
GACKTブログKen-ichiさん(Valentine D.C.)のtwitter追記
増田勇一さんの
BARKSニュース
2009.10.01 - 09:07
晴れてた。
今日は雨なんじゃなかったっけ?
いつも朝ごはん買うコンビニで、
ピンクスパイダーが流れてた。
19:20追記
hide cityのニュースにもあがりましたね。
(朝の時点ではあがってなかったので
一応ふせて書いたのですが…… ↓の続き)
仕方がない…のはよくわかってます。仕事がら。
つーか代謝内科や先天疾患はともかく、
骨髄移植は専門なんだし。
(いまは現場じゃなくて診断部門と基礎研究ですが
移植医療が専門っていうとこは変えてません)
良性疾患(悪性腫瘍でない疾患という意味)の
骨髄移植がどれだけ難しいかは、よく知ってます。
正直、いまだって積極的にやりたくはない治療。
でも選択肢がそれしかないから、選ばざるを得ない。
それを、よくもまぁ10年以上前に、
しかも血縁ドナーとはいえ不一致移植で、
よく決行したものです。
当事者だった先生方には、ホント頭がさがります。
すごく、やりがいはあったと思うし、
結果からみてもやるべきだったとも思いますが、
現実問題としての大変さも、それなりですので。
骨髄移植というのは、ある種の疾患に関しては
唯一の逆転サヨナラホームランの手段です。
10代や20代にとっての10年は貴重です。
60や70すぎての10年とは、比べものにならない。
医療者だって人間なので、20代30代の移植は
なんとかそこまで持ち込もうと必死になります。
ただ若いひとに移植する…ということは、
移植後の人生が長いってことでもあります。
経過中の合併症ゼロは不可能ですが、
合併症の慢性化は防ぎたいし、最終的には
それが長期生存を可能にしていくんだと
思うんですよね。
で、そーゆー研究の片隅に携わってる…つもりなんですけどね。
一応ね。心意気的には。…アタマが追っつかないのが悩みのタネ。Cafe le PSYENCEやTRANSTIC NERVEの客席で
何度か会ったね。カウントダウンで乾杯したりね。
おつかれさまでした。
…
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